1854年にルイ・ヴィトンの店がパリにオープンして以来、このブランドのトランク、カバンの評判は、上がることはあっても下がることはなかったといっていいだろう。最初は荷造り用の木箱職人の技術で名をあげ、オーダーメイドを受け付けただけでなく、時代の変遷にあわせて使いやすいトランク、旅行用カバン、さらにはソフト素材のバッグへと、新しいアイデアを取り入れた製品をつぎつぎに生みだしていった。この創業のころから、ヴィトン家では店でトランクを購入した客の控えをつくりつづけてきた。それはカード式になっていて、いまでいう顧客管理名簿みたいなもの。客が買ったトランクの、鍵のナンバーがきちんと記録されていて、一度ここに注文しさえすれば、何年かたって新しいトランクを注文しても同じ鍵が使える。商品の仕様や、イニシャルを描き入れた場合は、その字体とレイアウトまでが記録されている。いまも増えつづけるこの顧客名簿に、最初に記録されている日本人は、後藤象二郎。旧土佐藩士で明治維新に活躍、新時代になってから、板垣退助とともに欧州旅行をした際に立ち寄ったときのものだ。記録によると、購入した日は1883(明治16)年1月30日。当時、スクリーブ街1番地にあったヴィトンの本店で彼が買ったのは、総革張り、110センチの大型トランクだった。そのころヴィトンには、まだモノグラム(LとVを組み合わせたデザイン)は誕生しておらず、ベージュと茶のストライプがデザインされたトワル地(キャンバス地の時代。しかし、文明開化を迎えたばかりの日本人にとっては、オーソドックスな革張りのほうがなじみやすかったのだろう。ヴィトンには、1921(大正10)年、シャンゼリゼ70番地にあった本店に皇太子時代の昭和天皇もお忍びで訪れられた。そのとき陛下がお目に留められたのは、旅行用化粧用品つきスーツケース「インペリアル」。のちに侍従によって「インペリアル」と同仕様の「ドーヴィル」が購入されたというエピソードも残っている。