哲学者であり数学者であり、また光学に関する先駆者でもあったルネーデカルトは、1637年に彼の最初の著作『方法序説』を出版した。『方法序説』は「屈折光学」「気象学」「幾何学」の自然学に関する三つの試論の序論として書かれたものであるが、虹の話はその「気象学」に出てくる。なぜ色の順番の逆になった二つの虹がいつも同じ高さで見えるのかを、太陽光が空気中に浮いている水滴にぶつかったときの反射と屈折の仕方(角度)のちがいから、みごとに説明している。デカルトは、さまざまな色の光は「白い光」が変化して生まれると考えていた。したがって、虹の基である太陽の光を「白い」と考えていたと思われる。しかし、虹の色を混ぜ合わせると「白い光」になることを、彼は実験では立証しなかった。当時、透明なガラスでできた三角柱(プリズム)に太陽の光を通すと虹のようにさまざまな光に分かれることは、広く知られていた。1666年になって、アイザックーニュートンは自分の手であらためて、このプリズムの実験を行なった。彼はケンブリッジ大学の暗くした実験室に太陽の光を導き、その光をプリズムに通した。すると、太陽の「白い光」は虹のように赤色から紫色までの色に分解された。「赤・樟・黄・緑・青・藍・紫」の七つだ。さらにニュートンは、それらの中間にも、無数の色の変化があることも述べている。とすると、色が連続的に変化していることをわかっていながら、なぜ七つにきっちりと分類したのだろうか。ニュートンは白い紙の上にあらわれたプリズムの色の境目を眼のよい助手に手伝わせて丹念に調べ、境界と思われる部分を線で区切った。それぞれの色の長さを測ってみたところ、その比率がちょうど心安らぐ美しい音楽のオクターヴのルールと同じになっていると言うのだ。西洋音階ではドレミファソラシドの最初の「ド」から数えて8番目に1オクターヴ高い「ド」が再びあらわれる。つまりドレミファソラシの「七つ」が一つの塊になるという美の意識だ。キリスト教の暦では、日月火水木金土の七つの塊があって、8日目にまた新しい日があらわれるという美しい秩序がつくられているのではないか。